ニューディール体制論 ―大恐慌下のアメリカ社会―

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河内信幸 著

日本西洋史学会 『西洋史学』 No.225(2007年)
中島 醸 (千葉商科大学専任講師)

本書は、長年にわたる河内氏の研究蓄積の上に書かれた大著である。それは、本書が扱う対象の広さ、記されている歴史的事象の緻密さからだけでなく、注における大変多くの史資料や研究文献への言及からもうかがい知ることができる。

本書のニューディール研究としての特徴は、以下の3点にまとめることができよう。第1は、そのカバーする対象の広さである。本書は、経済史の主要なテーマである大恐慌(1章)、経済の組織化・計画化(2章)、一九三七年恐慌(8章)や経済の軍事化(9章)、政治史・労働史などが主に分析対象としてきた連邦政府の緊急救済政策(3章)、ワグナー法(5章)社会保障法(4章)、産業別組合の組織化(7章)、アメリカ共産党(11章)といったテーマを網羅的に扱っている。同時に、アメリカ知識人の運動や文学者や美術家の社会的運動(10章)、美術行政(12章)といった政治経済史ではあまり取り上げられない分野についても論じている。

第2の持徴は、歴史過程の詳細な叙述である。近年、ニューディール研究においては、連邦政府レべルでの政治過程については研究され尽くしたかのように思われており、包括的に記述するという作業はほとんどなされていない。そうした研究状況にあって、様々な社会運動との連関を踏まえて包括的に連邦政府レべルの政治過程について論じた研究は、大変有意義なものである。

第3の特徴は、戦後アメリカの政治経済体制との継続性を意識して「ニューディール体制」を分析するという視角である。河内氏は序文において、ニューディール期以降のアメリカを、「ニューディール体制」、第2次世界大戦後から1960年代までの「コーポラティズム体制」、1980年代以降の「現代アメリカ体制」と時期区分している。そして、「ニューディール休制」と「コーポラティズム体制」との「継続性」を強く意識し、前者が後者の「プロトタイプを形成し」、「『戦時体制』以降徐々に資本のへゲモニーと政府の管理・統制機能が強化され、次第に『コーポラティズム体制』へと移行していった」という視点から、「ニューディール体制」の特徴を描き出すことを本書の目的としている(35‐37頁。以下、本書への言及は頁数のみ記す)。

そうした視点から河内氏は、「 ニューディール体制」を、「ローズヴェルト政権がニューディール政策を推進しながら『ブローカー的機能を発揮して実現を目指した社会秩序であり、『社会的均衡』を図る利害調整・利益配分の仕組みを確立して、幅広い国民統合を企図した社会・経済システム」(34)と定義する。「ブローカー的機能」とは、対抗関係にある諸勢カの「利害や権限の調整を図り、それに絡む利益集団の調和を目指す」(495)機能とされる。つまり、諸利益集団の現実の社会や経済における影響力が異なっていることを前提とし、その力関係を調整するために国家が介入する機能と考えられる。「ニューディール体制」(特に後期ニューデイール)の利害調整機能は、ビッグ・ビジ不スなどの強い利益集団に対して、労働者・農民・消費者・中小企業という相対的に弱い利益集団の「桔抗力」を高めるリベラルな性格を有していた。それに対して、戦後の「コーポラティズム体制」は、圧倒的に強い「資本のへゲモニー」を受容する安定性を重視した体制として評価される(35、494、510、686)。

このニューディールと第2次世界大戦後の政治経済体制との関連は、近年のニユーディール研究の一つのテーマとなっているのである。そうした視角から「ニューディール体制」の特徴を描き出そうとする研究は重要なものと思われる。本書評では、この3点目の問題について詳しく論じてみたい。

河内氏が、「ブローカー的機能」と呼ぶ国家の社会の諸利害の調整・利益再分配機能とは、社会・経済への国家介入の拡大と捉えることができる。国家の役割については、19世紀から20世紀への世紀転換期、戦間期を経て近代から現代へと大きく変化してきたことが、これまでの国家論・政治史研究で論じられてきた。国家論研究では、現代は経済社会的領域への国家の全面的・構造的な「介入」が一つのシステムとなった「介入主義国家」という歴史段階にあると論じられた。また、ユルゲン・ハーバーマスの「民間圏だけでは決着しきれなくなった利害衝突」の政治の場面への移行という「再政治化された社会圏」の議論や山口定の「『国家』による『社会』の編成化」という指摘も、同様の議論である(註1)

河内氏の「ブローカー的機能」に着目した「ニューディール体制」の評価も、こうした文脈で理解することができよう。ローズヴェルト政権が「ブローカー的機能」を発揮して、諸利益集団の現実的な力の不均衡を前提に「社会的弱者」や中小企業への利益分配を行ったことを踏まえ、ニューディール期にアメリカが社会経済への包括的な介入を伴った体制、つまり現代的な国家へと移行したことが論じられている。しかし、それゆえにこうした分析視角は、「ニューディール体制」の歴史的な特徴を捉えることにやや難が生じると思われる。その象徴的な評価が、労働運動に対する評価であろう。

河内氏は、労働運動が1930年代に革新的性格を失い、「『ブローカー国家』の一翼を担う」「体制の受益者・擁護者としてニューディール政策の枠内」での利益集団・圧力団体としての性格を持ったと評価している(460、662、681)。確かに、労働運動がその反体制的性格を失ったことは、広義の意味では「利益集団」と言えるであろう。

しかしここで、河内氏も言及している(337)ネルソン・リヒテンシュタインの一連の研究が明らかにしているように、ニューディール期と戦後期とでは、アメリカの労働運動、特に大量生産産業などの不熟練・半熟練労働者を多く組織化した産別組合会議(CIO)に集った労働運動の性格が大きく変化したことを思い起こす必要があろう(註2)

リヒテンシュタインは、ニューディールから戦後直後にかけての労働運動は、民主党の再編、南部の組織化、経営への参加、国民健康保険制度の制定を要求として掲げており、「ヨーロッパ型の社会民主主義」的な「福祉国家」路線を追求していたと述べる。CIO系労働組合が設立した労働者無党派連盟 (LNPL)は、その組織化の対象を組合員に限定せず、黒人、移民、女性、農民など他の階層にも広げていたのである(註3)

しかし、そうした要素は、1940年代末以降、企業の成長が労働者の生活向上と密接に結びつく構造が基幹産業で作られたことを受けて大きく変化してきた。1948、49年の全米自動車労働組合 (UAW)とジェネラル・モーターズ社・フォード社との協約に、労働者の生活費算定を賃金へ組み込んだ生計費調整条項(COLA)、企業の生産性向上を賃金上昇に反映させた年次改善要素(AIF)、企業年金プランが盛り込まれ、それが基幹産業へ浸透していった。そのため、アメリカ労働運動、特に産別組合の指導者たちの考えが、政党への支持を通じて産業への発言力強化や公的社会保障の拡張を求める方向から、労働組合自身の力を重視して、個別企業の団体交渉で年金・健康保険を要求するという方向へと変化したのである。戦後労働運動は、リべラルな政策な要求するという包括的な改革構想を放棄し、自らの利益のみにしか関心を示さない狭い視野の「利益団体」となったのである。

このように40年代の自らの構成員のみの利害にしか関心のない利益集団と、黒人や女性などの他の諸階層の利害も代表する政治勢力としての性格を持った30年代の労働運動とでは、利益の範囲、政治要求の内容が大きく異なる。そのため、同じ利益集団という規定の下で「ブローカー的機能」という視角から論じることには制約が生じると思われる。ゆえに、近代的国家から現代的国家への変化に関心のある「ブローカー的機能」という分析枠組みと同時に、現代的な国家の類型化を可能とするような分析概念をも組み入れて考察することが必要なのではないだろうか。その点では、G・エスピン−アンデルセン以降、内外での研究が進められている比較福祉国家研究が「脱商品化」と労働者階級の政治への動員のされ方の違いに注目したことは参考になろう。こうした現代「福祉国家」の質的差異に注目した分析視角からニューディール期の政治体制の分析を行うことは、この一つの可能性を持っていると思われる(註4)

本書評では分析視角に焦点を当てて疑問点を提示したが、包括的な歴史叙述をしている本書は、ニューディール期の政治経済政策、社会運動を学ぶ上で欠かせない歴史書である。

(1)田口富久治『主要諸国の行政改革』(勁草書房、1928年)、ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換』)未来社、1973年)、山口定『政治体制』(東京大学出版会、1989年)。

(2)本書のリヒテンシュタインへの言及では、労働運動の質的変化に重点は置かれていない。
Nelson Lichtenstein,"From Corporatism to Collective Bargaining," in Steve Fraser & Gary Gerstle, eds., The Rise and Fall of the New Deal Order, 1930-1980(Princeton: Princeton University Press, 1989)。

(3)西川賢「ニューディール期における民主党の組織的変化に関する一考察」『法学政治学論究』第68号(2006年3月)。LNPLは本書でも旨及されているが、組織化対象の広さについては触れられていない(350、452、692頁)。

(4)G・エスピン−アンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』(ミネルヴァ書房、2001年)。

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