戦後教育は変われるのか―「思考停止」からの脱却をめざして―

Kaizuka2008.jpg

貝塚茂樹 著

神社新報社 「神社新報」 2008年6月23日

思考停止の教育 遺産の検証問ふ

昭和二十二年に発布・施行された教育基本法は、平成十八年十二月、その全部が改正され公布・施行された。改正されたものの、本当に教育は正常化するのだらうか。この点への危機感が示されてゐるのが本書だ。

副題にあるのは「『思考停止』からの脱却をめざして」。著者の問題意識は、「戦後教育史は、『戦前=悪、戦後=善』、あるいは『国家=悪、教育運動=善』という二項対立図式が基調となってしまっている」がために、見解の相違は「右か左か」「敵か味方か」としか捉へられず、つひには「思考停止」に陥った、といふ現状認識にあり、本書の各所でその背景が説明されてゐる。

たとへば、教育再生会議が「徳育の教科化」を提言したことは記憶に新しいが、著者は「『評価が難しい』から『徳育の教科化』はできないという反対論は、『ためにする批判』であり、『思考停止』の態度が見え隠れする」と述べる。そして、短絡的に戦前の修身科に結びつけて否定する傾向と、修身科を過大に評価する傾向の両者ともに、「修身科に対する学問的な検証を欠いている」と指摘する。

そこで示されるのは、GHQが修身かを肯定的に評価してゐたのに対し、「自ら附した評価ながらも之に対しての自信は私にはどうしても持つことは出来ない」「実際修身教育の効果をあげるということは難事中の難事である」といふ広島高等師範学校訓導の言葉や、「今日の教育の大多数は、道徳教育の理論に就いて十分な確信を有して居ない。(中略)即ち道徳教育修身教授の原理方法に関して、十分確実な研究を積んで居ない」といふ東京高等師範学校教授の言である。

ここで著者が指摘するのは、五十年の蓄積を持つ修身科の「教育的遺産」が、二項対立図式の中で、その功罪が論じられてゐない点である。つまり、戦後教育がそれ以前の教育を直視しないために、日本のあるべき教育を論ずる土俵さへ形成されてゐないと見るのだ。

著者の貝塚茂樹氏は国立教育政策研究所主任研究官などを経て、現在は東京・武蔵野大学教授。日本教育史・道徳教育を専門とする。

本書は三部構成で、第一部「戦後教育論」では、教育基本法の「日の丸・君が代」をめぐる論争史、歴史教科書問題、戦後教育の転機などを、第二部「道徳教育」では、戦後道徳教育に関はった前田多門と天野貞祐の認識や、修身教育の検証の必要性を掲げる。そして第三部では学校・教師論を取り上げる。

この中で、第二部では「教育基本法と宗教教育」について触れ、宗教的情操が「今以上に形骸化と空洞化をもたらす危機性が大きくなる」といふ危惧も示してゐる。

戦後教育が置き去りにしてきたものとは何か、今後の宗教に関する教育を考える前提として、戦後教育以前の教育論が課題としたものは何だったのか。著者の手による『戦後教育の中の道徳・宗教〈増補版〉』ともあはせて一読することをお奨めしたい。

お問合せ・ご相談はこちら

教育・福祉・思想など人文・社会科学関係の学術書・テキストブックの出版を行っている学術出版会のホームページです!