近代日本教育会史研究

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梶山雅史 編著

日本教育学会
『教育学研究』 第75巻第4号(2008年12月)
米山光儀 (慶應義塾大学)

本書は、「あとがきに代えて」にあるように、2002年度から2008年度まで、日本学術振興会科学研究費補助金交付を受けてなされた研究の成果の一部である。その研究テーマは、「近代日本における教育情報回路形成の歴史的研究(1)―情報回路としての地方教育会―」、「近代日本における教育情報回路としての中央・地方教育会の総合的研究」であり、「教育情報回路」という語がひとつのキーワードとなっていることがわかる。

編著者の梶山雅史は、岐阜県を主なフィールドとして教育会研究を精力的に行ってきた。その梶山が中心となって2004年7月に東北大学大学院教育学研究科で共同研究「教育会の総合的研究会」を立ち上げ、梶山の東北大学定年退職を機に、それまでの研究成果をまとめたのが本書である。その意味では、梶山の定年退職を契機として生まれた記念論文集という意味合いも全くないわけではないであろうが、しかし、一般のそれとは異なり、編著者の教育会研究の問題意識が共有され、教育会史研究の魅力が感じられる論文集となっている。

教育会は、信濃教育会などいくつかを除いて、戦後に解散し、現在、その存在が注目されることはほとんどない。しかし、戦前には全国、都道府県、郡、市町村などを単位として数多く存在し、しかも校長や教員だけでなく、教育行政関係者や地方の有力者なども会員となるなど、戦後にはないタイプの教育団体で、中央の教育政策にも、地域の教育にも少なからざる影響力を有していた。「『教育会』とは何かを明確に限定し用語の規定をすることは、今もって容易なことではない。」〔梶山雅史・竹田進吾編「教育会文献目録 1」、『研究年報』(東北大学大学院教育学研究科)第53集第2号、p.302〕と編著者も別なところで書いているように、教育会はその組織も、またその果たした役割も多様であり、これまでに教育会史研究は断片的になされてきたとはいえ、その研究の重要性が十分に認識されてきたとはいえなかった。そこで、本書は、編著者による「教育会史研究へのいざない」を序章として置き、学制期における発足から戦後の終罵までの教育会の歴史を概観し、教育会史研究の重要性が述べられる。そこには、「教育会は恒常的な運動体として教育情報を収集・循環させ、戦前の教員・教育関係者の価値観と行動様式を方向づけ、さらに地域住民の教育意識形式に大きな作用を及ぼした」(p.28)と、教育会を「近代日本の歴史においては、空間・時間両軸において実に巨大な教育情報回路」(同前)と位置づけ、「教育会の登場から解散に至る全プロセスを射程に入れて、この教育情報回路としての教育会が各時代に何をもたらしたか。いかなる変化が生じたか。この情報回路のメカニズムならびに回路を流れた情報内容についてトー夕ルにその歴史的意味の解明にとりくまねばならない」(pp.28-29) と課題が示され、先行研究に拠りながら、教育会史研究の視点が示される。

それに続き、第1章から第12章まで、13人の執筆者(第8章のみ二人の執筆)による個別の教育会についての論考が並ぶ。第1章から第9章までは、時系列に配列され、自由民権期から昭和の戦時期までの各地の教育会について、様々な視点から論じられる。対象地域は、岩手、宮城、福島、群馬、千葉、広島の各県で、県や郡単位の教育会だけでなく、村単位の教育会までとりあげられ、テーマも行政と教育会の関係など教育行政史に関わるもの、教員養成・研修など教員史に関わるもの、社会教育史に関わるものなど、多岐にわたっている。第10章、11章は、文部省からなされた諮問を中心とした中央の教育会に関する研究、第12章は台湾教育会についての研究である。

このように、本書には様々な時代、様々な教育会を対象にした多様な研究が収録されており、教育会史研究の拡がりと可能性を実感させられる。「あとがきに代えて」にある「教育会の総合的研究会」の活動記録を見ると、研究会では発表されてはいても、本書に収録されていない興味深い研究が数多くあり、実際には教育会史研究はさらに拡がりをもってなされていることがわかる。しかし、教育会を教育情報回路として考える場合、国内や旧植民地地域にとどまることなく、教育会を媒介とした国際交流も視野に入れ、国際的な教育情報回路として教育会を検討することも必要であろう。

教育会は、教育行政史、教員史、社会教育史などの分野を問わず、近代日本教育史研究に広く関わっており、本書によって教育会史研究の魅力とその重要性は十分に伝わってくる。研究会で発表されながら、本書未収録の研究は、「第2次論文集に収めたい」(p.410)とされており、第2次論文集の刊行が期待される。

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