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五島敦子 著

日本社会教育学会 『日本社会教育学会紀要』 No.45(2009年6月)
香川正弘

21世紀は知識基盤社会であるということで、中教審答申「我が国の高等教育の将来像」において、大学の第3の機能として「社会貢献」、また社会貢献の主要な分野として大学拡張(extension)の必要性が強調された。これを受けて、我が国の大学は、従来から実施してきていた公開講座に加え、自治体との連携、産業界や地域団体との連携を強めてきた。欧米に比べ、大学と地域社会との関係についてあまり基礎研究の蓄積がないところに、大学開放、大学拡張、社会貢献、地域連携という新しい大学教育の分野が入ってきたため、「わかったつもりで」ともかく評価を気にして走っているという現状である。

大学の経営にこのような従来にない発想が求められている時代に示唆を与えてくれるのが、五島敦子著の『アメリカの大学開放―ウィスコンシン大学拡張部の生成と展開―』である。本学会でも良く知られているように、ウィスコンシン・アイディアは、大学の境界を州の境界にまで広げる社会貢献を主張した理念であるが、その生成と発展については、小池源吾等による個別論文はあるものの、1冊のまとまった単行本はなかった。本書は、著者が長年にわたって追及してきたアメリカ、特にウィスコンシン大学を中心にした大学拡張成立史(1860−1920年代)の研究成果(学位論文)であるので、学問の発展にとっても実際の大学経営においても、参考に値する著作であるといえる。

本書の概要を紹介しておく。序章では問題意識、先行研究の吟味、研究方法が叙述されている。研究目的は、広く知られているウィスコンシン・アイディアとはどういう理念か、またそのアイディアにある「サービス」という理念はどのようにして形成されたかを思想的、起源論的に明らかにし、その実践を通してアメリカ型大学拡張が成立していく過程を、大学側に視点をおいて解明していくことにあると設定されている。第1章は1862年の第一次モリル法から1890年代にかけてイギリス型大学拡張の導入と挫折、第2章ではマッカーシーによるウィスコンシン・アイディアの理念提示と新しい大学拡張の考察、第3章はヴァン・ハイス学長主導による大学拡張部の形成、第4章はライティとレイバーによる大学拡張実践にみるサービス観、第5章と第6章は州内成人教育の支援を取り上げている。本書の特色は、大学拡張をサービスという理念の形成と、その実践化という観点から絞って叙述していることにある。

著者と同じような問題意識をもってイギリスの大学拡張史を研究してきたので、本書を興味深く読ませていただいた。学ぶべきことも多々あったが、読みとりたいことは、アメリカ型大学拡張とはどういう概念か、それがどのようにして全米の大学で一般化していったのか、ということであった。読後感としてはコンパクトに整理されすぎていて、やや不満が残った。以下、要点を記しておく。

第1は、第一次資料の扱い方である。著者が対象とした1860−1920年代にかけての時期において、大学拡張の転換を記したのは、イギリス大学拡張の導入とそれからの離脱、ウィスコンシン大学拡張部の設置(1906年)、全米大学拡張協会の発足(1915年)であろう。組織にはたいてい保守派と革新派があり、両者が公論乙駁の論争を経て、新しい方向へと転換していくのが通常のことである。このことは、議事録、年報、業界誌を詳細に読めば実証していくことができる。著者は実際にアーカイブスを訪ねておられるので、提唱されたアイディアが組織の方針に採用していくところを原資料に基づいて論証して欲しかった。

第2は、用語に関してである。「サービス」という用語は貢献、奉仕、専門的な公益事業というように日本語では多様な意味を持つ。多様な意味を持つが故に原語の発音表記とするのであるが、そうすると意味を読者に類推させることになる。理念研究として行うのであれば、それぞれの場面で的確な訳語で表現するべきであるまいか。「講座」(a course of lectures)と「課程」(course)にも区分けが必要である。

第3は、大学のキャンパスを州の境界にまで広げるとか、社会人のニーズにすべて応えたわけではないであろう。もし応えるとしたら大学は崩壊していたに違いない。大学拡張の問題で大事なことは、社会人に対して大学教育をどのように担保するかということである。ライティとレイバーの見解の相違にそれを見ることができるが、どのような構成要素がそろえば、ウィスコンシン・アイディアの実態といえるのかはもっと明確にして欲しかったところである。

第4は、大学解放という題名のもとに大学拡張、大学開放、社会貢献というテクニカル・タームが使用されているが、それぞれの用語の意味と範囲が明確に区分されているのか理解しにくいところがあった。大学拡張は主として学内外へ出て行く大学教育を意味し、大学開放は学内へ社会人を呼び込んで行う教育対象の拡大を実体的には意味すると考えられる。これらの意味を含め、さらに大学教育に裏付けされていない地域社会との対応にまで事業を広げていくときに社会貢献という用語が出てくるのであると考えれば、一番広い概念が社会貢献となる。大学の機能論として「サービス」論の確立を問題とするならば、最後にこの種の指摘をして欲しいと思った。

本書は、このような問題を考えさせてくれた。冒頭で引いた中教審答申の文言を理解するためには、英米の大学拡張史についての知識が不可欠である。その意味で研究者にとっても、本書は生涯学習の関係者にも有益な示唆を与えてくれると思う。

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