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山田 明 著

日本社会教育学会 『日本社会教育学会紀要』 No.45(2009年6月)
西村美東士 (聖徳大学)

1.本書のねらい、構成、概要

著者は本書で、日本の高校教育改革について、次のように批判している。総合学科や単位制高校などの創設による多様化への対応に見られるような教育制度の改革を中心に進められており、教育内容や教育方法の改革は十分とはいえない。そのことが、「学びからの逃避」や高校中途退学なおの教育現象の要因となっている。

そのため、筆者は「生きる力」や主体的な社会参加の資質、能力を身につけるべき高校生の自己形成の重要な時期に有効な教育方法を、米国のサービス・ラーニング(以下SLと呼ぶ)に求めようとしている。著者は、その理由として以下の3点を挙げる。第1は、米国においてSLの教育効果が十分に実証されていること。第2は米国における導入の背景と現代日本の教育現象が類似していること。第3は、そのことによって、わが国の学習指導要領によるカリキュラム化や、生涯学習社会における学社連携に基づくサポート・システムの見通しをもたらすということである。

さらに、その検討結果について「サービス・ラーニング・フォーラム宗像」及び「むなかた市民フォーラム」のケーススタディ、著者が実施した高校及び大学における教育プログラムの効果測定アンケートによって、実証的に検証しようとしている。

本書における主な論点は、格差社会の中にある青年が、自尊感情をもち、主体的な社会参加の資質及び能力を身につけるための教育システムモデルを米国のSLに求めている。とくに自尊感情の重要性については、本書全体を貫いて強調されている。また、アンケート調査によって、SLのなかで高校生が自信をもつ等の効果があったことを確かめている。

構成は次のとおりである。序章「現代高校教育改革におけるSL研究の視座」、1章「日本の高校における教育現象」(負の教育現象、発達課題と欠損体験等)、2章「米国におけるSLの理論と実践」(学習効果、コミュニティ・サービス法、現地高校調査等)、3章「日本におけるSLの展望」(学習指導要領に基づく制度的枠組み、同要領を超えた新たな活動、先駆的事例に見る学習効果等)、4章「SLの普及とサポート・システムの構築」(米国におけるSLの課題と日本への示唆、学社連携によるシステムの課題、学校・NPOの役割、行政と市民の協働等)。

研究方法は次のとおりである。第1に、SLの求める具体的な資質項目を明らかにするため、先行調査と独自調査の結果を分析した。第2に、米国のSLについて、連邦政府、行政、大学の研究調査報告に関する文献研究を行った。第3に、わが国におけるSL導入の方法を検討するため、国内の先駆的な事例の研究を行い、あわせてアンケート調査によって効果測定を行った。第4に、学社融合によるサポート・システムの構築に関する方法論の解明のため、著者が参画する活動のケーススタディを行った。

本書は、次の点で今後のSL研究に貢献するといえよう。第1に、米国との比較研究から、学習指導要領の枠内での取り組み、学社連携による地域協働など、わが国の行うべき具体的な手だての活用方法を導き出している。第2に、SLのもつ社会参加促進効果を、高校生の自己形成及び自立の涵養という視点から検討するため、指標に基づく評価の観点を導入している。第3に、その効果を、多くは事前調査→アクション→事後調査→というサイクルで測定している。実践研究の実証方法として有効といえる。

 

2.本書の意義、課題、評価

著者は、学社連携のためのNPOに参画するなかで、高校生の心情、すなわち明るい展望がもてない社会のなかで、自己の位置決めができず、自信を失いつつある不安な状況を共感的に理解したのであろう。そして、その根本的課題解決の方法として、自身の活動の中でSLを見出したのだと思われる。「個性重視」や「ゆとり」がややもすると軽視され、社会適応や社会参画を性急に求める社会からの高校生へのプレッシャーの中で、個人の成長に焦点を合わせて、社会体験の重要性と方法を論ずる本書は、重要な意義をもつものといえる。

一方、次の課題が指摘されよう。第1に、米国との比較研究において、各指標について、より詳しく対照的に検討することが期待される。第2に、SLによる高校生の自己形成および自立の涵養に関する評価指標が不統一であるが、今後は共有できる指標として完成度を高めることが期待される。第3に、意識面の評価だけでなく、生活構造や行動化の面からの実証、さらには数ヶ月後のフォローアップ調査による効果の定着度の実証などが期待される。

また、本書が高校生の自己形成のキーワードとしている「自尊感情」の重要性について、これを前提にした論法となっているが、読者に理解できるように、その前提になる背景や根拠についての論述を充実させるべきと考えたい。自尊感情のプラス面に注目した論理に対して、マイナス面の論理も検討すべきではないかと考える。また、学校教育が「自尊感情」を育てようとするとき、「負の教育現象」や過剰教育となる危険性の有無についてもふれる必要があるのではないか。今後は、その検討の上で、SLのもつ自尊感情涵養効果を明らかにすべきといえよう。

最後に、評者の研究関心である「個人化」と「社会化」の観点から、本書への問題提起をしたい。「個人化」を「社会化」と対比させて、「個人としてより充実して生きるための能力の獲得過程」とした場合、現代社会において、自尊感情の増大は、いわば高校生の「個人化」に属する事項といえる。一方、SLは、もっぱら彼らの「社会化」を図る活動といえる。

今日、「個人化の進行が、個人のあり方を根本的な不安にさらす(Gidens, A., 1998)「ライフコースの個人化と問題解決の私化」の問題指摘(宮本みち子、2002)など、個人化のマイナス面ばかりが強調されている。だが、SLにおいては、自尊感情の涵養等の「個人化支援効果」と、社会参画意欲の向上等の「社会化支援効果」が、同じタイミングで統合的に発揮されるものと想定されよう。今後のSL研究においては、自尊感情涵養効果などに関する本書の知見のもとに、SLにおける高校生の個人化、社会化プロセスと、その統合的支援を明確に目的化した研究を進めることを期待したい。

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