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山田 明 著

日本生活体験学習学会 『生活体験学習研究』 Vol.9(2009年1月)

井上豊久 (福岡教育大学)

学会誌4号で「ドイツ・スウェーデンにおける生活体験学習に関する研究」(南里悦史他)にも報告しているが、本学会の文部科学省科学研究費での海外研究で学会のメンバーとともに、ドイツ及びスウェーデンにおいて調査した際、日本との違いに驚いたことの第一は、一人前の大人に育てるという方向の一貫性がヨーロッパの教育にはあるということであった。例えば、安易に大人が子供の手助けをするとは、子どもの自立性やたくましさを削ぐのでは、という根本の考えが支援の根本ではないかと感じられた。そうした中で、日本の子どもたちの自己形成の未熟さが、どこから来ているのか、「生きる力」を育成するには、どういう方法が有効で、可能性があるのか、省察する中でヨーロッパにおける「シチズンシップ(市民性)」の一般化を強く意識をさせられた。大学からが中心ではあるが欧米では、1950年代から盛んにサービス・ラーニングという手法により、青少年と社会を結びつけ、生活体験・社会体験を学習させることが、学校教育との関係でなされてきた。日本の大学では国際キリスト教大学が早くから取り組んできており、大学の講義科目としても海外実習も含んだ形で取り入れている。現在、文部科学省の国公私立大学への教育改革予算委託研究の多くは、龍谷大学サービスラーニングセンター専任教員の山田和彦(福岡教育大学講演記録)によるとサービス・ラーニング関係が過半数を超えるという。なぜ、サービス・ラーニングはここまで注目され、そして、実践が望まれているか、大学だけではなく、小中学校でも取り入れるところが少なからず出てきているのか、その根拠となる学問的基礎資料が緊要とされている。

本書は学校のカリキュラムと関わらせながら社会貢献を行う「サービス・ラーニング」に関する先進的な研究書である。

著者は研究における問題意識をフリーターやニートとも関連づけながら「現代の高校生は、概して自信を持ち得ておらず、自尊感情を獲得できていない。自尊感情が育っていなければ、学校生活や社会生活でも消極的かつ逃避的にならざるを得ない。そこに高校教育の根本的な課題が存在すると考えられる」(p.8 l.18−20)と明確に示している。サービス・ラーニングは少年期から青年期、特に大学生において多く行われている活動でもあるが、現役の高校教師でもあり、青年期である高校生時代の重要性を鑑み、対象を高校生に焦点化した研究である。

目次内容としては、

序章 現代高校教育改革におけるサービス・ラーニング研究の視座
 第1節 高校教育改革に有効なサービス・ラーニング
 第2節 本研究の概要
第1章 日本の高校における教育現象
 第1節 現代高校生事情
 第2節 高校生の発展課題とその克服
第2章 米国におけるサービス・ラーニングの理論と実践
 第1節 サービス・ラーニングの理論
 第2節 サービス・ラーニングが示唆する日本の高校教育改革への効果
 第3節 サービス・ラーニングの学習効果と日本への示唆
第3章 日本におけるサービス・ラーニングの展望
 第1節 学校教育における制度的枠組み
 第2節 先駆的事例にみる期待される学習効果 
第4章 サービス・ラーニングの普及とサポート・システム
 第1節 米国におけるサービス・ラーニングの課題と日本への示唆
 第2節 学社連携によるサービス・システムの課題
 第3節 サポート・システム構築への展望

以上の内容である。

第1章の日本の高校生に関わる部分では、高校生の現状や意識を探った上で、発達課題と生活・社会体験の欠損について明示している。高校生の発達課題である自立を阻害している要因を①人格の基礎を形成する家庭における生活体験の喪失、②メディア(テレビ・ファミコン・携帯電話・パソコン)の過度の利用による友人関係(集団で交わる機会)の喪失と友人関係の表層化、③大人社会との接触による社会規範の学習機会(社会体験)の喪失(地域社会が青少年の教育に関わらなくなったことが大きな原因)(p.6416−10)と示している。家庭における生活体験の喪失を人格の基礎形成の阻害要因ととらえた上で人間関係、社会接触の重要性を示唆しているといえよう。

第2章では、米国のサービスラーニングの普及の要因を「その建国以来の歴史的経過や宗教的背景、連邦政府や州政府の財政支援、NPO組織やネットワークの充実、さらには寄付の習慣など」文化的・政治的背景等の視点から検討している。その上で、米国の普及要因として「幼児・児童期からのサービス活動」(親と一緒)の体験が、その後の人生におけるサービス活動につながると示し、日本の子供の幼児期からのサービス活動の体験の一般化を求めている。

第3章では、日本の高校教育における制度的枠組みの構築、先駆的事例にみる学習効果の検証を通して、その導入の見通しが研究されている。「感心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」「知識・理解」の4つの観点から、高校生へのサービス・ラーニングが有意義であったと結論づけている。また、自尊感情に関する事前・事後アンケートや活動後の自由記述に基づいた自己評価から、サービス・ラーニングの学習効果を検証している。成果を科学的に示していくことは実践の拡充にとって不可欠であり、今後のこの研究結果の提示の仕方を工夫していくことが重要であり、本学会の使命の1つといえるであろう。

第4章では、サービス・ラーニングの普及や一般化のためのシステムに関し、地域社会のボランティアセンターなど既存のシステムを活用するだけではなく、「新しい公共」といわれるNPOの活動や、行政と市民の協働によるサポート・システムを駆使した活動の分析も行っている。具体的な事例の分析、モデル提示は現実化には有効であろう、ただし、社会起業家・コミュニティービジネス、公共サービスを行政が行う行政サービスと市民が行う市民サービスと区別するなど、現在進行しつつある公共サービス理論から、より精密化していくという試みも今後は求められよう。

本書は、米国におけるサービス・ラーニングの検証と日本での実証研究を通して、その導入の意義、理論と実践、基盤整備について究明したものである。また、サービス・ラーニングが、現代日本の教育改革における高校生の自己形成、例えば自尊感情の高揚や市民性(シチズンシップ)の育成など、21世紀を生き抜く力を涵養する学習効果を有することを実証しており、さらに、近年注目を集めている学社連携や自治体の青少年地域ボランティアの在り方にも示唆を与えることを意図してまとめられている。サービス・ラーニングに関するまとまった書籍が現在の日本には見あたらず、実践と普及のための不可欠の書である。サービス・ラーニングが子どもの心身のよりよい成長や発達に意味のあることの一端が示され、子どもの生活体験学習として、今後ますます重要視されてくるべきものであることは、この著によって全体をみれば、その一部ではあるが明確に検証されたといって良いだろう。

サービス・ラーニング研究は緒に就いたばかりであり、今後の著者のさらなる研究の継続、発展が期待されよう。

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